SHINeeと私

 

今日は彼女の話ではなく

私が大好きなアイドルの話をしようと思う

 

約4年前に私はSHINeeという韓国のアイドルに夢中になった。

当時失恋したばかりだった私はSHINeeに随分助けられたし、彼らの性格や音楽性は知れば知るほど好きになった。

 

毎日毎日YouTubeにかぶりついて

Twitterを駆使し彼らを知って行った。

 

彼らの初東京ドーム公演は

本当に感動して、メンバーに負けず、いやメンバーより泣いたのをよく覚えている。

YouTubeで彼らが努力する姿をたくさん見ていたからまるで親の気分にでもなっていたのかもしれない。

 

SHINeeの頑張る姿、楽しそうに歌って踊る姿を私はすごく尊敬していた。

だからSHINeeが頑張ってるから、私も頑張ろうとよく仕事に行く前に心を奮い立たせていた。

 

彼女と付き合い始めてからは少しSHINeeへの熱は冷めた。

それでもライブには行っていたし、昨年の4月のライブももちろん行くつもりだった。

彼女が病気かもしれないとなるまでは。

その時はまだ病気は確定していなくて、私は生きた心地がしなかった。

こんな状態でライブに行っても楽しめないと思い、申し訳なく思いつつ空席を1つ作ってしまった。

 

今思うとその公演が私にとってはジョンヒョンがいる5人のSHINeeに会える最後のチャンスだった。

 

彼女がいなくなって、その約2カ月後にジョンの訃報を聞いた。

 

聞いた瞬間、正直ずるい、羨ましい、

という感情が湧いたのは確かだ。

ものすごく不謹慎なことなのはわかってる。

でも私が行きたかった所に

ジョンヒョンは行ってしまった。

 

それからこれも最低だけれど、

残されたメンバーに同族意識を感じた。

 

もちろん、メンバーと恋人じゃ全然違うけど。

かけがえのない大切な人を失ったという意味で。

 

葬儀の時のメンバーを見て、

すごく胸が傷んだし、

ああ自分もこんな顔をしてたんだろうなと思った。

 

それから喪主にメンバーの名前が連なるのを見て5人の絆の強さを痛感した。

 

ジョンヒョンの死は、

私は病死のようなものだと思う。

うつ病の末期で、目には見えない所で

病魔は彼を深く深く傷つけたのだ。

 

どうしてこうなる前に助けてあげられなかったのか、とたくさんの人が思っただろうし、自分を責めただろう。

 

でもこれって早過ぎる死を迎えた人に対しては亡くなり方関係なく思う気がする。

たくさんたくさん後悔が残るんだ。

 

ジョンは精一杯生きた。

彼の遺書を読んだらそれが一層伝わってきた。

彼もまた現世での修行を終えたのだと思った。

 

ジョンの死はすごく悲しかったけど

ああ彼もあっち側の世界に行ったんだなと漠然と思った。

何しろ実感が湧かなかったし。

たくさんのファンがそうだったと思う。

 

実感てのは時間が経てば経つ程感じて

そうして絶望や虚しさを一緒に連れてくる。

 

時間が解決するなんて言葉は深い傷を負ったばかりの人には慰めにはならない。

 

今はそんな風に感じる。